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オルキス通信Web版2005春号(別冊) Updated April 8, 2005
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ぷらっと法務エピソード2

 走る司法書士!!面識なき相続人・・・

序章 相続登記の依頼

あれは、私(吉本)が上新庄で司法書士として独立開業した、平成11年の8月のことでした。
懇意にさせていただいている行政書士の先生からの紹介で、大阪市東淀川区在住の75歳山倉洋子(仮名)さんの相続登記をお世話させていただくことになりました。
事務所近くの洋子さんのご自宅に伺い、いろいろと事情をお聞きしました。
「今、私が住んでいるこの不動産が父親名義(高岡健次郎氏:昭和58年4月10日死亡)のままになっているので、そろそろ私名義にしておきたい」とのことでした。
問題なく・・・かと?!いつもの相続登記と思っていたが・・・ 

その話をしている間にも洋子さんは「ごほごほ」と咳き込み、大変しんどそうに話をされていました。(実は、既に肺ガンで余命数ヶ月であったらしいのですが・・・)
資料を一通りお預かりして、事務所に戻り、次の日からいよいよ相続登記の手続きにとりかかることとなりました。
不動産の謄本、戸籍謄本、原戸籍、固定資産評価証明書など登記に必要な書類をひと通り集めた上で、再度洋子さんを訪ね、事情をお聞きしたところ、次のようなことがわかってきました
1. 現在洋子さんが住んでいる自宅不動産の名義は父親の故健次郎氏のまま。
2. 洋子さんには、兄・高岡智和氏(長男)が一人いる。
3. 母親の八重さんは健次郎氏より先に昭和53年に亡くなっている。
4. 昭和58年4月10日に健次郎氏が亡くなる。
5. 故健次郎氏が亡くなった時、洋子さんは不動産の名義変更をしようと考えたが、手数料もかかることだし、ついついそのままになってしまった。
6. 平成9年に兄智和氏が亡くなる。

「相続登記をするためには、お亡くなりになった兄智さんの相続人の方の印鑑が必要なんです」と洋子さんに説明したところ、
「兄には、子供がおらず、相続人は奥さんの貴子さんだけで今は堺市に住んでいます。でも貴子さんは、私と仲も良かったし、同意してくれるはずだ」と言われましたので、貴子さんが住んでおられる住所と電話番号をお聞きして、貴子さんに連絡をとってみることにしたのです。
問題勃発!! まったく面識のない人に相続登記の印鑑をもらえるのか!!

ところが、教えてもらった電話番号に電話にかけると
「おかけになった電話番号は現在使われておりません」とのアナウンス・・・。
不安になった私は、貴子さんの住民票を取り寄せてみたところ、なんと3ヶ月前に亡くなっていたのです。私は一瞬目の前がまっくらになりました。
「貴子さんが亡くなってしまったということは、その相続分は貴子さんの兄弟に移ってしまっている。果たして全く面識がないとも思われる貴子さんの御兄弟から同意の印鑑がにもらえるのだろうか・・・」と不安になってきました。
次の日、洋子さんを訪ね、それから1週間くらい経った頃に、貴男さんが再び事務所に見えられました。

1. 貴子さんが亡くなったこと
2. 相続登記をするためには、今度は貴子さんのご兄弟の印鑑も必要になること。
をお伝えしたところ、洋子さんはじーっと天井を見つめ、
「そうですか。貴子さん亡くなりましたか・・。次は私の番ですかなあ・・」とぽつりとつぶやき、
「先生、なんとかしてください。このままでは私は天国にいかれへん。すっきりさせておきたいんです」とすがりついてこられました。
もうこの時は、洋子さん自身死期が近いことを悟っておられたようです。


貴男さん 「先生、やっと落ち着きました。それにしても、こんなのはドラマの中だけの話かと思っていましたけど、実際に私の家で起こるとは思ってみませんでしたわ。とにかく、このまま放っておくわけにも行かないので、手続を進めてもらえますか」
私(吉本) 「わかりました。とにかくお母様と杉岡繁さんとの間にいた子供さんである典子さんも相続人の1人ですから、どこにいるのかを探すことが何よりも先決です。相手の住所などを調査してみます。」

それから戸籍の附票や住民票などを収集し、やっと典子さんの住所である豊中市の住所を探し出すことができました。(思ったよりも近所に住んでおられて少しほっとしましたが・・)
既に結婚して今は山脇典子さんに名字も変わっていました。
問題解決の処方箋その1 相続人に手紙で事情を説明する

洋子さんはやはり、貴子さんのご兄弟の方とは面識もなく、次の日から、私は、貴子さんの相続人探しに奔走しました。
貴子さんの出生からの戸籍謄本や戸籍の附票をとりよせ、貴子さんのご兄弟の住所がようやく判明しました。
貴子さんには3人のお兄さんがおり、大阪の千里山と箕面に1人づつ、あとお一人は熊本におられることが判明しました。
私は、洋子さんに代わり、手紙を送らせてもらいました。

拝啓 益々ご清祥のことと存じます。

突然のお手紙失礼いたします。
さて、この度、私が現在居住しております不動産の名義が亡高岡健次郎名義になっており、今般名義変更の登記を行う手続きをしておりましたところ、私の兄智が亡くなった後、貴殿の妹さんである貴子さんが亡くなったことを知りました。
その結果、相続登記をするには貴殿をはじめ、貴子さんの相続人全員の同意が必要となりました。

本来ですと私自身が貴殿宅を訪問して事情を説明させていただくのが当然のことなのですが、私自身数ヶ月前より体に変調を来し、家を出ることすらできない状態です。お手紙で大変失礼だということは重々承知しておりますが、是非本手続にご協力いただきますようお願い申し上げます。尚、相続登記手続については司法書士吉本和広氏に依頼させていただいておりますので、ご不明な点がございましたら、同氏までご連絡していただきますようお願い申し上げます。
敬具

山倉洋子

その手紙を出した数日後、相続人のおふたり(長男、三男)から電話をいただき、
「わかりました。喜んで協力させていただきます」とお返事をいただきました。
残るは次男の方あと一人です。
しかし、一週間経っても二男からの連絡がなく、
「もしかして、協力してもらえないのだろうか?」と不安が脳裏をよぎった頃、電話がかかってきました。

問題解決の処方箋その2 とにかく会って事情を説明に・・・
二男の方は大変慎重な性格の方で
「一度お会いして、もっと詳しく事情を聞きたい」と言われました。
私はその日の夕方に早速二男の方の自宅を訪問し、今までのいきさつをすべてお話しし、相続登記手続の必要性もご説明しました。
二男の方はじっと私の言葉に耳を傾けておられましたが、静かに
「貴方の説明で納得できました。同意書に印鑑をおさせていただきます」とおっしゃり、目の前で印鑑を押してくださいました。
ご自宅を退去する際、私に「これを洋子さんに」とお見舞いの品を渡されました。
その結末は・・・ (まさにドラマティック・・・)

これで相続人全員の印鑑が無事に揃い、
次の日、大阪法務局北出張所に登記申請。
一週間後、不動産の名義はめでたく山倉洋子さん名義に変わりました。

次の日、新しく発行された権利証書をもって洋子さんを訪ねました。
「ありがとう。ありがとう」と、本当に喜んでくださいました。
「先生、父親が亡くなった時点ですぐに相続登記手続きをすれば、あのときは兄の同意だけもらえば済んだんですねえ。あの時、ちょっとのお金をけちったばかりにかえって高くついてしまいましたわ」 と、少し後悔しておられるようでした。
「山倉さん、お体に気をつけてくださいよ」
と声をかけ、家を出ようとしたとき寝床から
「先生、ほんまにありがとう。これでもう思い残すことはないわ。先生に会えて本当によかったよ」という声が聞こえてきました。
これが私が聞いた山倉さんの最後の声でした。
終章 今も耳に残る言葉・・・

暑い夏に受託したこの案件も、手続きを終える頃には紅葉のシーズンになっていました。

街がクリスマスムードでいっぱいの12月。山倉園子さんという山倉洋子さんの娘さんから
「先生、母が先日亡くなりました。安らかな最期でした」とのお電話をいただきました。

電話の後、事務所の外から聞こえるジングルベルの音とともに、
「先生、ありがとう」という洋子さんの声が何度もよみがえってまいりました。

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