序 章 通常の相続登記と思っていたが・・・ |
|
鈴木貴男(仮名)さん65歳が相続登記の依頼で事務所を訪ねて来られました。
母親である鈴木喜美子(仮名)さんが2月に亡くなったとのことで、喜美子さん名義の不動産や預貯金口座の名義変更手続につき、書類の作成を依頼されました。
念のため、相続人が何人おられるかを訪ねると自分と弟の2人だけであるということだったので、
「ではお二人の印鑑証明書と住民票、それと戸籍、あとはお母様の除籍謄本もとってもらえますか。その他の必要書類はこちらで揃えますので」 とお伝えしました。
数日後、貴男さんが必要書類を持ってこられ、戸籍を見てみると喜美子さんの婚姻前の戸籍が不足していることに気付いたので、
「お母様の婚姻前の戸籍が足りないので私の方で取り寄せますね」
と鈴木さんにお伝えしました。
注) |
司法書士や弁護士など資格者は、業務上必要な場合に限って、職権で顧客の住民票や戸籍謄本を取得することができます。
又、死亡者の相続人を確定する必要があるため、死亡された方の14歳頃からの戸籍を全て取得し、いわゆる婚姻外の子供などがいないかどうかを調査します。 |
|
|
|
問題提起 母親に、他の子供がいた?! |
|
1週間後、喜美子さんの婚姻前の戸籍が私の事務所に届きました。
届いた戸籍を見てみると、何かひっかかるものがありました。
貴男さんの父親である健二さん(既に死亡)と結婚する前にどうやら一度他の方と結婚していたようだったのです。私はひどく嫌な予感がしたので、急いで本格的に戸籍の調査に取りかかりました。
喜美子さんの婚姻前の戸籍を全て取り寄せ、入念にチェックしていくと、喜美子さんは貴男さんと婚姻する前の昭和8年11月に、杉岡繁(仮名)氏という方と結婚しており、昭和9年12月に離婚していたのです。
しかも杉岡繁氏と喜美子さんの間に典子(仮名)という子供を産んでいたことがわかったのです。
私は、念のため貴男さんに電話をかけ、
「戸籍を調べてみたところ、お母様はお父様である健二さんと婚姻する前に一度、婚姻していたようなのです。しかも典子さんという子供さんもお一人いたようなのですが、心当たりありませんか?」と、聞いてみました。
貴男さんは、受話器の向こうで
「そんな馬鹿なことが・・。母親が再婚だったなんて一度も聞いてません。ましてや、子供がいたなんて知りません。何かの間違いと違いますか。先生、冗談言わないでくださいよ」と、少し気が動転しているようでした。
「とにかくすぐに事務所に行きます」 と電話を切り、それから10分もしないうちに青ざめた顔の貴男さんは事務所に見えられました。
|
|
|
問題の整理 相続人を探し出すのが先決!! |
|
それから1週間くらい経った頃に、貴男さんが再び事務所に見えられました。
貴男さん |
「先生、やっと落ち着きました。それにしても、こんなのはドラマの中だけの話かと思っていましたけど、実際に私の家で起こるとは思ってみませんでしたわ。とにかく、このまま放っておくわけにも行かないので、手続を進めてもらえますか。」 |
私(吉本) |
「わかりました。とにかくお母様と杉岡繁さんとの間にいた子供さんである典子さんも相続人の1人ですから、どこにいるのかを探すことが何よりも先決です。相手の住所などを調査してみます。」 |
それから戸籍の附票や住民票などを収集し、やっと典子さんの住所である豊中市の住所を探し出すことができました。(思ったよりも近所に住んでおられて少しほっとしましたが・・)
既に結婚して今は山脇典子さんに名字も変わっていました。 |
|
|
問題解決の処方箋@ やはり正直にすべてを話すべき |
|
連絡先が判明した旨を貴男さんに告げ、
「一度山脇典子さんに連絡をとって、正直に今回の事情を話されてはいかがでしょうか。相続手続に協力してくれるかどうかはわかりませんが、協力してくれない時は、また対策を考えましょうよ」
と、アドバイスさせていただきました。
しばらくの間、「困ったなあ」と困惑しておられるようでしたが、意を決したようで小刻みにふるわせながらも電話のボタンを押していきました。
長い長い呼び出し音に感じられましたが、6回ほど呼び出し音が鳴った時に向こうから、
「はい山脇です」と若々しい女性の声が聞こえてきました。
「突然に申し訳ございません。私、鈴木と申しますが、実は私の母のことで失礼とは思いますが、お電話させて頂きました。実は・・・」
と貴男さんもしどろもどろになりつつも説明し、相手の典子さんも、最初は不審がっていたようですが、
「とにかく電話で話せる内容でもないので一度直接お会いして詳しい内容をお聞かせ願いたいのですが」と、会って頂けることになりました。 |
|
|
問題解決の処方箋A いよいよ対面に・・・ |
|
二週間後、私と貴男さんは阪急電車の駅で降り、典子さんの家に伺いました。
家の玄関のベルを押すことを貴男さんはためらっておられるようでしたので、私が代わりに押しました。
中からはとても若々しい女性の方が出てこられ、「どうぞお入りください」と家の中に通されました。こじんまりとした家でしたが、家の所々に花が飾られ、とても素敵なおうちでした。
戸籍などを全て典子さんに見せて説明し、今回の相続に関しての事情を包み隠さずお話ししました。説明が終わった後、しばらく典子さんはうつむいておられ、やっと顔を上げるとそこには涙がみられました。 |
|
|
その結末は まさにドラマティック・・・ |
|
「実は私は小さな時から父親である繁から 『典子のお母さんは、典子が小さな時に病気で亡くなったんだよ』
と言われてきたので、ずっと母親はいないものだと思っていました。
まさか母親が生きていたなんて・・。私は今更母の遺産を欲しいとは思いません。ただ、1つだけお願いがあるんです。
1度だけ線香をあげさせていただきたいのです。それとお墓参りをさせていただきたいのです」
と、涙ながらに訴えかけられました。
・・・貴男さんを見ると、貴男さんも少し涙を流しながら、
「是非母親の遺影に線香を立てに来てやってください。
・・・貴方にとっても母親なんですから」 と答えました。 |
|
|
終 章 |
|
数週間後、典子さんの印鑑証明と承諾書も揃い、無事に相続手続が全て完了しました。
権利証を鈴木貴男さんの自宅にお届けすると、仏前には綺麗な花が添えられており、典子さんが座っておられました。
約60年ぶりの母との再会に、典子さんがいろいろとお母さんに話しかけておられる姿がとても印象的でした。 |